2018年 の投稿一覧

合気練功 基本2系のゆるみについて

基本2系(下への変化)では、相手に掴まれた手首の皮膚を使って、相手の重心に影響する程度の圧を加える。自分が不安定になり相手に支えさせる関係ができたとき繋がったといってよい。重心の均衡点を少し自分の方に引きながら、「下」と「引き」の2つのベクトルを使って膝が曲がりやすい方向へ合力をつくると相手はしゃがむ… というのが今までの理想的な基本2系の変化である。

最近の練功塾ではこの2系の形が変わってきている。基本1系の応用編のように人差し指を握らせた状態から、引くことで相手の重心に影響して繋がりを作る。この時に少しだけ上方向に圧かかけて肩関節が動かないように(肩を固める筋がはたらくように)することがコツであろうか。この後、内部感覚で背骨に「張」を持たせるように圧を高めて相手の重心を引き出すと基本1系(上への変化)になってしまうが、張った感覚をゴムが弛むかのように撓ませると相手の内部感覚も緩んでいく。塾長にかけられるとあたかも腰が抜けたかのように腰に力が入らず「へにゃへな~」と膝が曲がっていってしまう。これが最近の基本2系である。

以前の稿にも書いたことがあるが、2系の変化は膝や腰に負担がかかるため、カラダを鍛えている方や関節に故障がある方、反応が良い方には変化の初動で容易にぶつかってしまう。塾長は最近の集中講座や個人レッスンでこのタイプの方々の相手を散々して、今までの基本2系を見直したそうだ。やられてみた感じ、力が抜けるし、何が行われたのか気づくことも難しいため、ぶつかり様がない(ぶつけようがない)。
塾長曰く、「脳をハッキングする」だそうだ。
相手が「変化しないぞ!」と自分の体に指令を出していても、それをいったん切ってしまうように「ゆるみ」を使うである。そのためにまずはきちんと支えさせる繋がりを作り上げて、相手の内部感覚を変化させてから、再度、内部感覚を変化させて脳の指令を切っていくのだ。術者としては相手のカラダの変化を受容できるセンサーを持ち合わせていなければならず、かなりの繊細さが要求されるようだ。

よくよく説明を聞き、内部感覚を持ち合わせている院生さんを相手に、コヒツジ会で挑戦してみる。内部感覚の変化をいちいち問い合わせ、確認しながら試みるも接触の圧を変えずに内部感覚のみ弛ませることが高難度。姿勢変化が生じても相手との接触点の圧が変わらないように相手の動きに追従することも必要。それができないとつながりが切れてしまう。

「合気のカラダ4元のように空気の抵抗を感じる程度に相手との圧を感じて同調し…」
「相手の内部感覚の変化は5元の感覚でとらえて…」

………、果てしない道のりを感じます。

合気練功 2元のカラダについて

昨今、塾長も院生方も2元のカラダの重要性を口々に発する。2元のカラダが全ての合気練功の胆(きも)といって差し支えないようだ。

2元のカラダの練功は、ゴム感覚を認識するヘアゴムを引く練功の次の段階である。自分のカラダの中にゴムを引くような弾力感が作り出せると解ったら、その感覚を拡張していき体幹部分にゴムで引かれるような、または水圧を受けているような感覚を得ていく。全身の姿勢保持のはたらきを自覚して使えるようにするのが練功の目的だと思う。いきなり鈍感な体幹部に持っていくことがこの練功のハードルの高さだと思う。
背骨揺らしで体幹部の意識を高めて、相手の腕を使って、はたまた壁や机を使って自分がバランスを取る動きを仔細に感じていくと自分のカラダの状況がだんだんと解るようになってきた(相手を使うといろいろと状況変化が生じるので、壁や手すりなどを使って自分の中の要素だけにした方が解りやすいかもしれない)。

回想してみると、最初はつま先だけで踏ん張って、次に脹脛で頑張って、もたれ掛かっている時は肩や腕だけが頑張って、どれも全身で作り出したものではないので合気のカラダとは言えないと思う。1系で相手に上げられているつもりで、または4系で押し込まれているつもりで、自分の重心を動かしていってコケないように頑張る。頑張っても局部的な力みがないカラダ(意識)を作るのだろう。

次に相手と接触したときであるが、相手から反発力を単独練功時に感じた体幹部のゴムの代わりにして、押しているのだけれども押し返されつつ、引っ張っているのだけれども引っ張られていると、感覚を持っていけばいいのだと思っている。
塾長は示演のために「お~っ」と言って大きく伸び上がっているのだと想像するが、単独練功で2元の内部感覚がイメージできているから、接触前から自分を引っ張っておいて接触時にあまり時間をかけずにつながってしまえるのだと思う。極めつけは、塾長はカーテンを相手にしても自分に合気をかけることができるのである(集中講座に参加された方はご覧になったと思う)。カーテンレールの金具のところからの反発を受容して自分をつなげて重心が移動するのだが、これも内部感覚の操作と考える。

気を付けるべきは「相手(カーテン)に上げられている状況」を作ることで、自分だけで動かないようにすることである。私がやると極めて怪しい。カーテンの反発力とは関係ない背伸びとなるのが関の山だ。

 

合気の感覚 「糸巻のごとく引くべし」

「合気上げにかかった時の感覚は?」
と問われて私は3つの回答を思いついた。
本当にガッチリ掴んだ時は本当にかけられたときで、掴むことに意識がいっているため、内部感覚はとても分析する余裕がなく、感覚としては「わからない」である。
少し分析するつもりで掴んでいる時は、前足底と掴んでいる腕の接触圧が同じぐらいになって大きなバランスボールに乗せられていくがごとく自分が球体になった弾力感を受ける。
もう一つは1系と2系は表裏であるので2系をかける要点が整えば1系にかけられたときの感覚のはず。接触点でやや皮膚を取り相手の足裏からゴムの張力感で引き寄せるが、自分の内部感覚としては、肩関節で切れてしまわないように鎖骨から溝胸にすぼめる意識。巧く一体感が生じたときは四肢が背骨で線状に繋がった細竹のような撓りの感覚がある。

さて答え合わせは、ウインチでキュウーッと巻き取るがごとく引っ張っている感覚が正解だそうだ。つまりは2元の感覚である。接触点を使ってキューッと自分が引かれる感じで行くと相手も同調して引く動きが生じる。
ただしその感覚には複合的な要素の結果であるので、正しく捉え再現するためには原理の理解があった方が的確と思われる。関節の遊びや抜けがないかの「裏の力」、全身性の反応になっているかを感じる「足裏感覚」、引いているのだけれども引かれている力を感じる「推進力」。相手の重心が動く状態にまで来ているか、そして相手の各部に変化を許してしまうような力の偏りがないかの「同調」である。

合気練功にはいくつかのコペルニクス的転換ともいえる発想の逆転がいくつかある。その一つに合気をかけるためには自分が先に合気にかかってしまう事がある。かけられた感覚を寄る辺に操法を会得する道とするものだが、やはり面受面受でないと困難と思われる。
そうかといって、いきなり合気をかけられても受容するための基礎知識や感覚を持ち合わせていなければ何もわからないと思う。
宣伝のようで恐縮であるが、その点オンライン講座では背骨揺らしによる「感覚の鍛錬」、現象理解のための「原理の説明」と、ほとんどをオープニングコンテンツとして網羅している。合気練功プロジェクトはエライものを用意したものだと今更のように思う。

合気練功 の 虚構 ✖ 嘘 = 真?

「合気練功は嘘なんです。」
木曜日の晩に行われる合気練功研究会で、ある研究生が基本4系について質問をしたときに塾長が言い放った言葉である。「えッ?!」その場に居合わせた研究生一同は言葉を失った。

質問の内容はこうである。4系の練功では、相手に圧を加えた後に相手が姿勢保持をしようと押し返してくる反発を使ってカラダを繋げる。そして相手と自分の重心の均衡点を迎えたときに、まずはその内圧を使って自分の重心を動かしてみる練功を行う。現象としては自分が後ろへ跳び下がっていくのだが、この時、カラダのゴム感覚が切れずに溜まった内圧が漏れることなく移動できれば、ピョン、ピョンぴょん…と下がっていくことができる(動画などご覧になったことがあると思います)。この後ろへピョンピョンが「上手くできないのです。どうしたらよいのでしょう?」というものだった。
その返答が
「合気は嘘なのです。」
であった。
「!?」、「??」の研究生らと塾長の間でいくつかの応答がやり取りされたのだが、おそらく以下のような事が塾長の心意と思われる。
合気練功は自分の要素と相手の要素が存在するが、今回は自分自身のカラダや感覚のつくり方・持っていき方についてである。塾長に4系をかけられると吹っ飛ばされたように後ろへ飛び下がる。これは両者で作り出したヒトの重心を移動させることができるほどのエネルギーが、漏れなく運動エネルギーになったためである。しかし我々が行うと、いくつもの関節で繋がりが切れて力を逃してしまうので、弾力性を失って吹っ飛ぶほどの現象は起きにくい。
そこでまずは自分のカラダのエネルギーロスする部分を少なくする練功をしようということである。上記に「相手からの反発を使ってカラダを繋げる」としたが、望ましくは自分のカラダは最初から繋がっていて、しかも内部感覚が少しの刺激で重心移動できるほどに高まっている方がよい。
そこを作るために自分に嘘をついて騙す練功である。相手と触れていない(虚構)状態であっても、自分の感覚ををだまして(嘘)、一本の張り(内圧)を持ったカラダを練功すれば、触れた瞬間に相手の重心を移動させる圧をもつ合気のカラダ(真)であると私は理解した。

従って、塾長としては「どうしたら?」の回答として、その形だけを模倣してピョコぴょこ跳びはねてみても、内部感覚を伴わなければこの段階の合気練功としてはあまり意味がないと伝えたかったのではないか。
生じた内圧で自分の重心を上手く動かすことができるのならば、相手の重心を動かすコツも早く気付くことができる。これが次の練功。結果、4系では相手が自ら作り出した圧で相手が吹っ飛ぶことになる。

有るもの(プラス)を無い(マイナス)とシャットアウトすれば無いこととなって、出会うことすらできない。無いものをさも有るかのように演じてもそれはやはり嘘である。有るかもしれないと思って探し続けるところがトレジャーハントのような大人のロマンと贅沢。

でも、いきなり「嘘です」はインパクト抜群で吹っ飛びますよ。

合気練功 ファーストコンタクトについて

合気練功塾の様子2

最近、私が気になっている事が相手と接触する瞬間である。
私から触れるときではなく、どなたかの相手(受け)をするときにどこまで侵入されたかを感じる事が癖のようになっている。

合気練功塾においては相手の足裏まで影響するように接触して圧を加えていくことが当然のように行われている。それは2系(下方向への変化)で下に圧を加えながら皮膚操作で前足底に重心が来るようにする練習を繰り返してきた結果であろう。しかし2系は足を捉えるにはよいが、年齢を重ねた身体には「支えたくない…。」「しゃがみたくない!」などの別の要素があったり、なかったりするので練功が難しくなる。(言ってるそばから今日は腰が痛いな…)
そこで塾長は4系に練習の重点を変えたのである。4系では相手の後ろへ加圧していくわけだが、何かにぶつかったとき倒れないようにバランスを取る動きは特に抵抗感がない。よって姿勢保持のはたらきを導き出すには難しい要素がない。なるほど!
実は4系のとき下方向へのベクトルはない方が良いようだ。上から下への皮膚操作が入ってくると肘、肩に緊張が生じて繋がりが肩で切れてしまいやすい。これは当然のことで、普段の生活で「はいよ。」と物を手に乗せられたとき、まずは腕で受け止めて、毎回全身で支えることはしない。普通の動きが生じてしまうのだ。単純に水平に加圧していき「倒れたくない」と姿勢保持のはたらきが生じるようにさせてやればよいのだが、いかんせん下方向の操作が加わってないので足へ影響しているイメージが持てないようだ。

そんな時、私は接触点の皮膚を上にずらして「下へ」を相殺し、自分のカラダがつながりやすい状態にして積極的に自分から合気にかかってしまう。塾長がよく言う「まずは自分が合気にかかってしまう」を実践している。するとお互いに弾力感があってこちらからもいけるなという感覚になる。自分の練功をさせてもらっているわけだ。
エラそうな表現になって恐縮だが、まずもって腕の緊張を誘うようなドンとした圧の加え方は腕だけの対応になり、私の「動かないぞ!!」の部分を引き起こして終了。(合気練功で私の関節が曲がってしまうぐらいの力は論外。わたしが吹っ飛ぶぐらいの圧ならば合気練功ではないところで素晴らしい)
接触に下方向への要素が含まれており、私の繋がりが肩で切れるのも腕だけの対応となるのでよろしくないが、こちらの微調整で練習は継続可能な感じである。

予期せず、練功中にこちらの調整の必要がなく侵入されると「おぉ♪(ノ)‘∀`(ヾ)!」となる(塾長や院生は別です)。最近、その瞬間が期待とともに気になっている。
追記:先日、塾生のある方に、明らかに下方向へのベクトルが含まれる触れられ方をされたのだが、意もない、あまりにも柔らかい触れ方で容易に足の指まで侵入されてしまった。もう一度やられてみたい。