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Tスタイル ~合気練功の日々~ 「やる気のない手」

 新型コロナウイルスの第2波も徐々に収まってきたようですが、まだまだ油断はできませんね。実は私も先月末に県外に出かけなければならない事情があったため、外出を控えている状況です。そんな中で、すごいニュースが飛び込んできました!なんと、名古屋と東京をリモートでつないで、リアルタイムで合同練功会を行うとのこと!いよいよ練功もリモートの時代になっていくのでしょうか。更に将来は、3Dゴーグルをつけ、バーチャルの松原塾長と練功する時代が来るのでしょうか?楽しみですね。

 ところで、先日の個人レッスンで、松原塾長が「やる気のない手」ということを言われました。1系(合気上げ)を行う際、最も重要なのは、相手につかまれている手首を動かさないことです。(ここからはご自分の手首をもう片方の手でつかんで読んででみてください。)ところが、手を開いただけで、相手は筋肉の動きを感じてしまいます。更に言えば、親指を少し動かすだけで、相手は筋肉の動きを感じてしまいます。よく、つかまれている腕を動かさないよう言われますが、腕は勿論のこと、指先さえも動かしてはいけないのです。人間の手のセンサーは、些細な動きも関知してしまうのです。これは厄介ですね。よく合気上げの極意は「朝顔の手」と言われますが、指を1ミリ動かしただけで、相手は反応してしまいます。

 しかし、手の形は変えずに、つかまれている手首の部分をほんの少しだけゆっくりと、相手の手のひらに押し付けてみてください。意外とそれを感知するのは難しいのではないでしょうか?(ここがミソ⁈)

 つまり、つかまれた手を何とかしようと思っただけで筋肉が動き、感知されてしまうのだとしたら、何とかしようと思わなければいいのです。松原塾長がよく言われる「相手が勝手に上がりたくなる」状況をつくり上げることができればOKなのです。相手の足裏と自分の足裏をつなげ、身体のゴム感覚(ここがミソ!日々の練功によってこういう感覚を培っておく!)を使って相手の重心を巧妙に操作できれば、合気練功塾の合気上げは、ほぼ完了です。

 

 みなさん、「やる気のない手」を意識して、練功に励んでくださいね。ちなみに、私は身体全体でやる気のなさを表現して練功する時があります。当然、顔の表情も「やる気のなさ」を前面に出して・・・。とろんとした目をして、口も少し開いて、鼻もよだれもたらして・・・・・。これはやりすぎですね。何事も程々がよろしいようで。

ここで一句

つかまれた 手首じゃないよ そこは足裏

さらに 

やる気なし 思わせ実は 足ぱんぱん                  

最後に

バーチャルも   松原塾長 無双です          

                                         TAKA                                                                            

 

 

空をつかむ「必要な力」

ここ何回かのブログでも書いているが、相変わらず「筋力」の沼にはまっている。自分では腕を上げているだけで力を入れないようにしていても、上腕二頭筋が盛り上がる。

「弾力をもってからだの中のゴムを引く」ということに腕をつかってしまう典型だと思う。相手の力を感じた際に、すぐに対応できる部位で対処することが、からだにしみついてしまっているのかもしれない。

もっと言うと相手が出してきた力に自分が同調させられてしまい、同じように力を入れてしまっている。こうなると合気どころの騒ぎではなく迷走する…

ただ最近思うのは、とにかく力を入れてはいけないというわけではなく「無駄な力」は入れない、ということなのかなということ。一元、二元、三元…を行う際、見た目はその場でほとんど動かないが、からだの中にゴム感覚をもって自分で広げる力を自分で戻す、とか後ろに行く力を前に戻す、とか。

その際、からだの中では自分自身で結構な力が生み出されているのを感じている。たとえば後ろに行く5の力を0に戻すのではなく、5の力分前に行く力で戻しバランスをとる。結果10の力が生まれている。これをからだ全体で行うことで、かなりの力というかエネルギーが発生し全体が張ったようになる。

これで相手と遊びがない状態で接触すると同調し、相手の体に作用するのではないかと。(ただし作用させるには相手とからだをつなげることは大前提)なので、力は入れないわけでもないしまたどこかの部分だけを極端に入れるのでもいけないのかと。

と簡単に語っているが、このからだを作るのは本当に難しい。何をするにもずっとこのからだでいられれば良いのだろうが簡単にはいかない。背骨揺らしや一元、二元などで合気感覚を生み出すからだ作りをしっかり行わなければ難しいだろう。

虹をつかんだ男のココだけの話「不安定」

『お互いが個としては「不安定」でありながら、2人でバランスを取りながら「安定」している状態をつくる。』
これも合気を学ぶ上ですごく大切な情報でありながら、合気練功塾に来るまで、他では教えられることが無かったことである。

2人で一つの重心を作り、その重心を取り続ける事で相手の身体をコントロールする事が出来る。
何故この様なことになるかは、お互いがお互いを支え合っているから。2人共相手がいないと立っていられない状態になっている。

だから片方が手を離そうと上に上げても、わざわざもう片方が追ってきて、不自由そうな体勢になってもくっ付いて離れないという不思議な現象が起こったりする。「いやいや、手を放せば良いだろう。」と思うのだが、放したくても放せないのである。無理矢理放せば、自分が倒れてしまうから。

人間は二足歩行であるが、2点で立っているわけではない。実際のところ、足は右と左、前と後の4点で四角形の面を作り、その範囲に重心を置く事でバランスを保っている。だから、それが2点の線や、1点の点になった時は、遅かれ早かれ、その上から重心が外れ転倒することになる。そうならない為、2点になった時は、本能的に何かに掴まり面を保とうとする。

その性質を利用して、元々相手が一人で自立していた状態に、知らず知らずのうちに自分の2点を貸し出す形で2人でバランスを取らざる得なくさせる。

それを意図的に作り出そうとする時、お互いが相手の存在を必要とする共依存関係になる必要がある。普通の状況で4点で「安定」している他人の前で、自ら進んで「不安定」な2点になってくれる人など存在しない。相手が乗ってくる条件として、自分の「不安定」は絶対条件である。
そして、その条件下で相手の本能が、「自分が助けなければヤバい、2人とも共倒れしてしまう。」と誤判断し、力を出す状況に至った時、お互いに支え合い、引っ張り合う事になる。それを知識のない人が側から見ていると「何でくっ付いているのだろう。不思議だ。」となるのだ。

しかし、「不安定」になるのはとても難しい。独りよがりで「不安定」になって、転倒しそうになっても自分の「安定」を捨ててまで、相手が助けてくれることは無い。そして、自分が4点で「安定」して相手を「不安定」にしようとすると、引っ張っているとか、押しているという風に受け取られるため、ぶつかるか、すかされるかで力が伝わる事は無い。

そこで、合気練功塾の教えでは、〈裏の力〉で相手に侵入し、踵をあげさせ前重心にして、自分も踵を上げた状態で前重心になって下から支える。あたかも杖の様な形になって、重心を重なり合っている手の部分に移動し、共有の重心を作り「個」としての「不安定」を作る。

そして、2人の足から足までを繋いでいるゴムを目一杯引く事で、相手に「足で踏ん張り、手で押さえていなければ自分の身体が持っていかれてしまう。」と思わせる事が出来れば、その力で相手が勝手に動いてくれる。

空をつかむ「見えないものを掴む」

合気練功塾で毎回のように塾長に言われるのは「強すぎる」。何かをするにあたって、とにかく「力が強すぎる」と言うこと。

とくに相手に腕をつかんでもらっているので、腕に力が入る。腕の力は一定の高さを保つのみでそれ以上は必要なく、最悪強くても箸や茶碗を持つ程度だと。

 

とにかく力とはまったく別のことを行っていると頭をシフトしないと何も始まらない、と。

これが、頭ではわかっていてもなかなか難しい。そもそも「腕の力入れないように・・・」と考えている時点で、前回でもお伝えしたとおり腕にかなり集中してしまっているし、力を抜くように力を入れているといか・・・こうなると迷路に迷い込む。このあたりは本当に意識を変えるのが難しいところである。

現時点では、最終的には自分のからだをどうこうではなく、相手の頭やからだをどう作用させるか、と言うことなんだろうと理解している。

対峙する相手を動かすということにおいて、お互い筋力勝負の場合は相手より強い力(筋力)が出せればよい。そのために筋力トレーニングに励み、誰よりも強い筋力を身につければよい。

 

ただこれは年齢や生まれ持ったもの、人種などによっても限界がありなかなか難しい。

 

そうなるともう一つの方法は、自分がどうこうよりも相手が「動いてしまう」ようにからだを作用させる。これは年齢や体格は関係ない。まさに今自身が目指すところである。ただこれは筋トレよりも難しい。

 

前者は持てる重量の増加や筋肉の増大などで成長を実感できるが、後者は相手が動くかどうか。動いてしまいかどうかは受けている相手しかわからない。

 

しかも受けている相手もどうして動いてしまうのかわからない無意識の部分に作用させる必要があるため、本当に見た目では正解が全くわからない。ただ結果的に相手が動くことが正解。

 

練功塾ではこの見えないものを全員になんとか伝えようとしてもらえる。本当にありがたい環境で、ここならなんとか掴めるのではないかと思わせてもらえる。

by kaz

合気沼のアヒル「とうとうゴム感覚を掴んだのか?」

合気の気づき

前回の続き ”気づきの詳細”は

浅かった・・・ 

と気が付いた。涙

 

 

これまで「オっ、うまくいったかな?」と感じられた時の

私の体感覚との認識は、グラグラ、前足底、すがり、伸び、といったものだったが、、、

ちがった。^^;

足と丹田とゴム

ゴムというと自分が持っていて相手が引っ張るのをコントロールするイメージだったが

ちがった。

ゴムは弾力を維持したままいつまでも切れず

引き寄せられるのは自分の方だと最近思い知らされている。

この発見を感覚が間違っていないか松原先生に尋ねると、、、

「いつもそういってるつもりなんだけど、、、(笑)」と

お決まりのパターン・・・ ^^;

7月、先生のある一言に納得したとき、

今までと345度くらい練功の見方仕方が変わってしまった。

足掛け4年?(だと思うが)、1元 「左右の手の中にゴムを感じる」

練功塾で 「これ分からない人ぉ~、感じられない人ぉ~?」っと聞かれて

いつも周りの様子を伺いながら控えめに手を上げて

あきれられていたが、、、、

今回、

やっとわかった^^/

気がしているだけかもしれないが・・・・

いつもと一緒で・・・

 

今回の気づきは、

ゴムは相手の浮いた丹田をコントロールするために引くのであれば

イヤでもゴム感覚となる。

っというもの。

その先にあるのは自由自在の相手の丹田の引っ張り出し、ぶっ飛ばし。

のはずだが、

課題はまだまだ てんこ盛り

アヒルのもがきは、まだまだ続く。

(次回から”合気沼のアヒル”はオンライン講座の方へ投稿を移動します。)