塾長の説明でよく出るフレーズ
「相手が力を入れて頑張っていても関係なく、相手に反応が出る程度の接触で十分。」
この反応とは何かを考えてみる。
我々の姿勢保持は無意識で自律的である。誰かに押される、ぶつかられるといったことがあっても大人は倒れない。ましてや格闘技をしようなどと思う人は特にバランスが良い。バランスをとる機能が成長しきってない子供、足腰の機能に瑕疵がある、衰えてきているなどは別とする。ヒトの構造は重たい頭部が高いところにあるため、とにかく倒れないようにする仕組みがしっかりしている。それ故、ちょっとやそっとの外圧に対していちいち感じていないのが普通である。
山手線の混雑で確認してみる。よほどゆったりと立っている人でも、ジわっとある程度まで追い込むと、倒れないように何処かの筋肉に力が入る。これが足まで繋がったということかと思う。特段意識されている感はないから、接触点から力の入った場所まで「裏の力」が及んだという表現でいいのだろうか。自分の感覚でも確認してみる。カバン越しでも圧を足に受けることができるため、物を通じて繋がることは可能ということだ。
新幹線こだま号の発車、停止の回数は「のぞみ号」より多い。後ろの方に「ちょっとシートを倒していいですか?」と断って、シートにゆったりと座る。名古屋から3つめの停車ぐらいの時に気付いた。ゆったりと座っていても発車時の動きにカラダが反応している。止まり続けようとする慣性に対して、車両について行こうとする動きだ。意識をしなければ気付くはずもない自分のカラダの動き。この程度が十分な反応なのだろう。
停車時、発車時の反応は確認ができた。次はのぞみ号の加速と減速を受容して、感覚を磨いてみようと思う。