合気練功 カツンとくるところ

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合気練功の動画をご覧になると塾長から「カツンとくるところ」という言葉が良く出ていることにお気づきになると思う。このカツンとくるところというのは合気の繋がりではMustの部分である。最近の練功塾では合気の繋がりを3つの段階で練習しているのだが、この「カツンと」が第1段階である。これが来ないと後は何をやっても空回りである。

さてこのカツンを別の表現で表すと、接触点を使って自分が前に行ける(下がれる)ところと言っていいと思う。間違いやすいのは自分勝手に前に動いてしまう動きで、接触点を使えていない場合である。相手と関係なく一生懸命前に出るのは、カンフー映画でよくある戦う前の構えにメチャメチャ頑張ってキレキレの動作を見せているだけのイメージだろうか。
接触点を使って前に行けると言うことは、全身で相手に合気に掛けられると言うことで、ヒトの重心が動くだけの繋がりが存在しているという状態と思われる。「先に合気にかかってしまう」はこのことであろう。この段階をクリアしたら以降の段階:背中の張りを持たせて、作用点が相手側に行くように手順を踏んでいく。

さて、「カツン」をつくるには原理の総動員が必要と思われる。
上方向の圧で相手の肩関節を参加させて、皮膚操作と、自分のカラダの不安定さで支えさせると相手が固まるような場面がある。私は掴まれている手首の皮膚の弾力性を使って(味わって)いくような、または相手の足からゴムを引っ張っていくような操作感覚で行っている。「カツン」の感覚は一度経験していただくと練功の足掛かりになるのだが、動画や文章では伝わりきらないと思っている。

恥ずかしながら自分の失敗例を報告させていただく(何かの参考になれば‥)。
今までの私は状況の変化で「あ、カツンがでた」と捉えていた。しかし、その変化が僅かだったりするとそれに気づけずに、まだカツンになっていないと、その後の操作を探ってしまう。「上の圧が足りていないのか。もう少し前に引き出さないといけないのか、はたまた自分が自立しているためなのか?」といろいろと行うのだが、どうもこれがいけない。もはやカツンときているのだからそれ以上の操作は余分である。やり過ぎを相手に知覚されて繋がりが切れてしまう。やはりカツンときている状況そのものを捉えられるようにならないといけないようだ。
自分が繋がりを求めて何かしようとする動作は、相手のつかんでいる力に対して操作圧が高い事が多い。自分が掛けられる側だとお解りになると思うが、この圧の不均衡は何かをされている感が否めない。サポートして繋がりたくても置いてきぼりにされているようで、繋がり感が希薄になるようだ。つまり、原理「同調」が必要と言うことであろう。

細かい話になるが、私が掴む側で握っている接触点が上がって行く動きが出てくると違和感を覚える。原因は相手の肘関節が曲がっていく動きなのだと思う。自分自身が「今一つだ」と感じる操作なのだが私も無意識にやってしまう動き。よく練習相手に指摘される。これが「カチンとくるところ」。もちろん要求を満たす動きが出来ていない自分に対してである。

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