虹をつかんだ男のココだけの話

虹をつかんだ男のココだけの話「不安定」

『お互いが個としては「不安定」でありながら、2人でバランスを取りながら「安定」している状態をつくる。』
これも合気を学ぶ上ですごく大切な情報でありながら、合気練功塾に来るまで、他では教えられることが無かったことである。

2人で一つの重心を作り、その重心を取り続ける事で相手の身体をコントロールする事が出来る。
何故この様なことになるかは、お互いがお互いを支え合っているから。2人共相手がいないと立っていられない状態になっている。

だから片方が手を離そうと上に上げても、わざわざもう片方が追ってきて、不自由そうな体勢になってもくっ付いて離れないという不思議な現象が起こったりする。「いやいや、手を放せば良いだろう。」と思うのだが、放したくても放せないのである。無理矢理放せば、自分が倒れてしまうから。

人間は二足歩行であるが、2点で立っているわけではない。実際のところ、足は右と左、前と後の4点で四角形の面を作り、その範囲に重心を置く事でバランスを保っている。だから、それが2点の線や、1点の点になった時は、遅かれ早かれ、その上から重心が外れ転倒することになる。そうならない為、2点になった時は、本能的に何かに掴まり面を保とうとする。

その性質を利用して、元々相手が一人で自立していた状態に、知らず知らずのうちに自分の2点を貸し出す形で2人でバランスを取らざる得なくさせる。

それを意図的に作り出そうとする時、お互いが相手の存在を必要とする共依存関係になる必要がある。普通の状況で4点で「安定」している他人の前で、自ら進んで「不安定」な2点になってくれる人など存在しない。相手が乗ってくる条件として、自分の「不安定」は絶対条件である。
そして、その条件下で相手の本能が、「自分が助けなければヤバい、2人とも共倒れしてしまう。」と誤判断し、力を出す状況に至った時、お互いに支え合い、引っ張り合う事になる。それを知識のない人が側から見ていると「何でくっ付いているのだろう。不思議だ。」となるのだ。

しかし、「不安定」になるのはとても難しい。独りよがりで「不安定」になって、転倒しそうになっても自分の「安定」を捨ててまで、相手が助けてくれることは無い。そして、自分が4点で「安定」して相手を「不安定」にしようとすると、引っ張っているとか、押しているという風に受け取られるため、ぶつかるか、すかされるかで力が伝わる事は無い。

そこで、合気練功塾の教えでは、〈裏の力〉で相手に侵入し、踵をあげさせ前重心にして、自分も踵を上げた状態で前重心になって下から支える。あたかも杖の様な形になって、重心を重なり合っている手の部分に移動し、共有の重心を作り「個」としての「不安定」を作る。

そして、2人の足から足までを繋いでいるゴムを目一杯引く事で、相手に「足で踏ん張り、手で押さえていなければ自分の身体が持っていかれてしまう。」と思わせる事が出来れば、その力で相手が勝手に動いてくれる。

虹をつかんだ男のココだけの話「思い違い」

合気を掛ける時に「接触点を動かさない」という前提の様なものがあるのだが、素人が動画を見た場合、結果的に接触点が1番大きく動いている様に見える。以前の私は、この矛盾に翻弄され、長年の間路頭に迷っていた。物理的世界観が染み付いているので、動かしたい場所をどう相手にバレない様に動かそうかとか、違う行動を思い浮かべながら動いて相手のセンサーを掻い潜れないかとか、今となれば頭がおかしいとしか思えない発想の中に答えを探していた様に思う。

 

そんなある日出会ったのが合気練功塾だった。それ以前に3つか4つのセミナーで煮湯を飲まされていて、「やはり、自分には合気を習得する資格が無いのではないか?」とも思っていた。

 

しかし、最初に松原塾長に個人レッスンを受けた時、凄い衝撃を受けた。「今まで何をやっていたんだ。」と。正直知らない事だらけだった。本や動画、セミナーなどで断片的に習った「皮膚をとる」などの触れ方は、テクニックに過ぎず、本質は「相手と繋がる」事なのだと。そして、相手の足から自分の足までゴム感覚で繋がり、2人で1つの重心を共有し、最終的に重心を取った方が相手に影響を及ぼせるのだと。

 

そして、合気練功塾の原理1「足裏」なのだが、どの動画を見ようがどの書籍を読もうが、私は、「足裏」をテーマにしたものを見た事がない。他のセミナーでも一言も聞いた事がない。だから、目から鱗が落ちる思いがした。それで、やっと前提の謎が解けたのだ。

 

合気上げを例に説明すると、手に触れて「裏の力」で掛け手の足から受け手の足までゴムを張る。次に「推進力」を感じさせ受け手の足裏を上げさせる。足下を掬われた受け手は支えられている掛け手の腕に頼るしかなくなる。しかし、あらかじめゴムを引いている掛け手の腕は固定されているわけではなく、引っ張られても、押されても、自分の胸の前に巻き込んで戻ってくる様な設定になっている。だから受け手が掛け手の腕に頼ろうと押せば押すほどその力が地面に当たり返ってきて、受け手は自分自身の重心を不安定にさせて、最終的に掛け手の腕に乗り上げる様な形で止まる。なぜなら、そこで2人で共有している重心が安定するから。外からは見えにくいのだが、受け手は掛け手と同化した地面を押して、その力が戻って来て受け手自身を上げている。しかし、この世界を知らない人の目は、接触点を起点に動いている様に錯覚してしまうのだ。

 

塾長に師事し、本物の合気を知り、伝授への本気さを感じ、感謝する一方で、それ以前に費やしてきた労力を思うにつけ、合気の世界の排他的な深い闇を感じざるを得ない。この業界は、本気で教える人がいない。業界全体で既得権益を守ろうとしているのだ。興味を引くだけ引いて、可能性を教えるのではなく、無力さや諦めを教えようしている。だからどこへ行こうが、何を見ようが、出来ない。そして諦めの悪い人は、この互助組合的な仕組みの中で、あっちへ行ってはサギられ、こっちへ行ってカモられの無限ループにハマってしまう。

 

動画を見ても接触点を動かしている様に見えてしまう人、自分の行動を読まれない様に意識を飛ばそうと奮闘している人、「足裏」感覚を知らない人、合気に「足裏」感覚が重要だと思いもしなかった人、思い違いをしているのかもしれません。一度合気練功塾に足をお運びください。

 

by 宮崎

 

虹をつかんだ男のココだけの話「成長曲線」

合気上げの動画を見ていると、様々なやり方に出会す。まともなものから、眉唾な物、箸にも棒 にもかからない物まで多種多様である。

最初の頃は、どれが本物でどれが偽物か分からなかったのだが、見続ける内に自分の中に基準が 出来てきた。 それは、「掛けてる本人よりも大きく、筋力ではとても敵わない相手に対しても、意念で軽々と 上げる事が出来る。」と。

どうやら本当に不思議で凄いものらしいと。 そのような技を身に付けたいと動画を吟味していた中で、やたら怪力そうな外国人を選抜してき て、腕力で上げる事を数度試みるも失敗し、意識を切り替えた途端、不思議な力を発動させ上げる事に成功するという動画が目に止まった。

そして、その人が言うには、この不思議な力は、 たった3か月で身につくという。

その動画を見た私は、居ても立っても居られなくなり、大枚を 叩いて大阪の講座に参加した。結果は推して知るべしだが・・・ 月日は流れ合気練功塾に来て、私が良いと判断していた合気上げの基準には、大きな間違いがある事が判明した。

それは、“強い力を出している人にも掛かる合気!”というストロングポイントは、実際は、“強い力を出している人にしか掛からない合気?”という致命的なウィークポイントであったという事。

この講座は、参加して1年で大阪を撤退し行かなくなったのだが、合気練功塾で本物の合気に触れ ている今となれば手を切れて本当に良かった思う。この人は講座で、合気上げや他の技を掛ける とき、あまり力を出さずに握ってきた相手に対した時、「もっとグッと来て」とか「それしか力 出ないの?」などと力強く握る事を強要していた。

また、その後、他のセミナーにも参加したのだが、このような指導者は多数いて、東京のある道場では、「自分の合気をお前たちにインストールしてやる。」と値打ちをこいていたのは良い が、私の様に何も考えず強く握りに行く人間に対しては面白い様に掛かるのだが、掛けられるのを怖がって強く握ってこない相手には、全く掛からない。

最終的には、その人達に掛けるのは諦 めてスルーしていた。そして、終了後、言い訳する様に顔の前で、手でピラミッドの様な三角を作 り、「合気を掛けてもらいたいなら、こういう風に相手ともたれ合わないとダメだから!」と不満気に言っていた。

この様な指導者から合気?をインストールされる事もなく本当に良かった。 (因みにこの人は現在“癌が治る方法“を見つけたと言い張り、新しい顧客を募っている。やることに節操がなく、ロクな死に方しないと思う。)

練功塾で本物に触れて分かったのが、弱い力の相手に合気を掛ける方がより繊細さを要するという事。

何故なら、受け手が出している力より更に弱い圧で触れなければならないし、相手が動か ないなら、裏の力で動くように刺激を入れなければならない。

力を出してくれる相手に掛ける時は、掛け手の出せる筋力の大きさの幅が広がるので精度が低くても、掛かる確率が上がる。当然 男性に掛けるより女性に掛ける方が断然難しいのだ。

私も練功の甲斐あって、半年程前から急に、身近にいる合気の経験の無い人にも掛かる様になっ てきた。もちろん男も女も変わりなく。当然、強く握ってもらうというインチキ無しで。

物事を習得する時に人は成長曲線というシグモイドカーブ(S字曲線)を描きながら上がるとい う。

頭の中では右肩上がりの直線を描いているのだが、理想通りの直線で成長できる事はまずな い。最初は努力しても頭の中のイメージを超えれない低迷期を経験する。

そして絶え間ない努力が 実った時に覚醒し、頭の中イメージを超えて理想にたどり着く。 合気練功塾にくる前のドン底を経験したのが良かったのか、来てからはあっと言う間にS字の上の部分のカーブに来れた。ますますやる気が湧いている今日この頃である。

by 宮崎

虹をつかんだ男のココだけの話「被害に遭わないために」

私は、今まで沢山の合気関連の動画を見て来たのだが、それらの動画にはお約束のようによく出てくるシチュエーションがある。

それは、弟子同士が技を掛け合っていて、何度やっても技が掛からず、しばらくすると、そこに指導者が現れ、片方の人の身体に触れ、軽く操作すると、あれ程掛からなかった技がいとも簡単に掛かるのだ。

あたかも神業のようで、師匠と弟子の技量の違いが際立つ場面である。影響を受けやすい私は、それらの動画を見て、「あの先生にお会いして教えを乞いたい。」「あの技術を手に入れる事が出来たらさぞかし楽しい事だろう。」と夢に胸を膨らませ、セミナー会場へいそいそと出かけて行ったものである。

しかし、このような動画を作っている者に、その技術を教える気などはそもそも無い。もちろん、結果はご存知のように満を持して待ち構えていた網に掛かり、絡め取られるのが常であった。

実際にこれらのセミナーに参加すると動画と同じような場面に遭遇する。一人でやろうとした時は相手にたやすく阻止されるのだが、指導者に自分の身体を操作されている時は、おもしろいように技が掛かるのだ。

その結果を踏まえ、問題点を自分なりに探していると、親切そうにこう囁く。「この角度で。」とか、「タイミングが違う。」とか、「触れ方が悪い」とか。 しかしながら、もしそれらの事を完璧にこなしても一生技がかかる事は無い。

なぜなら、この問題の本質は、「自分の足裏から相手の足裏まで繋がっていないから。」である。

これらの感覚は視覚や触覚などの五感でカバー出来ず、訓練無しに習得することは不可能な内部感覚である。そして、この感覚を知らない者が、他者のアドバイス無しに気づく事は有り得ないものである。

その本質を知りつつもひた隠しにして、自分はこっそり繋がりながら現象化し、さも他に問題があるように誘導する。そして、早期習得を掲げていたはずが、いつしか「出来なくて当たり前、何年懸かってでも出来れば儲けもの。」などと平気で言いだす始末。

出来ない者にとっては、合気というのはとても敷居が高く感じ、「出来ないのは自分のセンスがないからだ。」とか、「未熟な自分が悪いのだ。」と自然と自分に原因を求め易い。

こうして自己肯定感をどん底まで下げさせ、自分の無能さを思い知らされる。そして思考停止状態にした者を懇親会と称した仕上げの場で、取り巻きの太鼓持ちと一緒になって洗脳し囲い込む。

その結果、何年もお金を払ってくれる被害者を量産する。やり方がとても巧妙でいて悪質、詐欺師と呼ぶ以外に呼び名が見つからない。

私のような被害に遭われた方、又は、私のような被害に遭いたくない方は、合気練功塾へお越し下さい。本物の合気を本質から懇切丁寧に教わる事が出来ます。 

by 宮崎

虹をつかんだ男のココだけの話 「夢を叶える」

願望実現のために必要なことは、既に願望を実現している自分を思い浮かべる事だという。なんの根拠もいらないし、臨場感を持って本気で思えば、結果がついてくるという。

例えば、宝くじに当たる人は、「当てる!」という、他の人からすれば根拠のない自信を持っている人が多いという。当たった自分を思い描きながら、本気で戦略を立て、現実を願望に近づけるような行動をとる。高額当選を複数回出すような人も実際にいて、その人たちは、我々凡人のように、「運が全て。」だとは思っていないのだとか。

長い間、私は、合気とは、事前に二人の間で取り決めがあり投げたり、投げられたりするものだ。」と思っていた。しかし、数年前、何の気なしに合気系の動画を見ていると、「どうやら、本物と偽物があり、本物は本当に不思議な現象を起こせるらしい。」と思う様になった。

それで私は、先ずは、色々と動画を漁ったり、書籍やDVDを買って見て自力で習得しよう と思った。しかしながら、皆目見当もつかなかった。しばらくして、これでは埒があかないと思い、誰かに教えてもらおうと何軒かの門を叩いた。

短期習得を謳う某所では、「私の体を触らせてあげるから、その状態を自分の体にコピーして下さい。」と言われた。気の小さい私は、「その状態も分からないし、コピーの仕方も分からないのですが・・・」とはいえず、愛想笑いを浮かべるしかなかった。

またある所では、日曜日の昼間に、地下鉄の駅で多数の乗客でごった返す中、百段以上の階段を十往復させられた後、そのまま昼休憩に入り、疲れで食事が喉を通らないという、まるで罰ゲームようなカリキュラムを毎月こなさせられたりもした。

また、動画の中では指導者と同じ様に、合気の現象化を起こしていたはずの弟子が実際に 会ってみれば、揃いも揃って何も出来ないど素人で、「この面子をDVDに仕立てて、数万 円で販売するって、あなたがたには、良心ってものがないのですか?」と問いたくなる様な詐欺集団もあった。

これらのところはどこも、指導者に教える気がなく、弟子が育たないので、誰も教えられる人がいない。だから、参加してすぐ何も分からなくなり、ヒントすらない状況に置かれる。“分からないところが分からない”ので自分では脱出不能で助けを求めようにも、周りには自分と同じ状況の人か、早々と諦めた人か、悟りを開いて出来た様に振る舞う人しかいない。
だから、何度通おうが一ミリも進歩している実感が湧かない。当然、習得している姿など描きようがなく途方に暮れていた。

そこに現れたのが、合気練功塾である。ちょうどオンライン講座の塾生を募集し始めた時期で、私は藁をもつかむ思いで入会した。動画を見たが、当然見ただけで分かるはずもなく、すぐに練功に参加させてもらった。この塾に初めて来て、塾長に指導してもらい、先輩方にアドバイスを受けながら練功し終えた時、「ここは凄い、間違いなく合気が手に入る。」と思えた。

ここでは、合気の原理を最初から教えてもらえる。誰でも、その原理を一つずつ習得し、 5つの原理を扱えるようになる事で現象化が起こる。それを分かりやすく、順序立てて教えてくれるので、個人差はあるが、自分の成長を実感を伴って感じられる。そして、ここには、その原理をある程度理解していて、合気上げなどの簡単な現象化が出来て、そのメカニズムまで説明できる人間も多数在籍している。

その人たちも、今のレベルに到るまでに、失敗を繰り返し、体を作り直してきた人間である。だから、苦労する箇所やつまずきやすいポイントなどがあらかじめ分かっている。体の作り方や動かし方がおかしければ指摘してくれるし、課題を克服するためにした方が良い練功方法など有用な知恵を授けてくれる。自分の事だけではなく、塾全体の底上げを考えている人の集まりなので、参加すればするだけ自然に上達していく。

「本物の合気を掴みたい。」と思った私は、合気練功塾に来て初めて掴める自信が湧いた。 そして、2年半ほどの練功を積み、その想いが確信に変わった今、まだまだ、私は伸びるに違いない。

by 宮崎